

一筆箋に想いを綴るとき、紙質や手触りによって心なしかペン先の進み具合は異なります。紙の温もりを感じられるものもあれば、なめらかに自然と筆が走るものもあります。
岐阜県美濃市を中心とする地域でつくられる美濃和紙は、長い紙づくりの歴史を持ちます。この地一帯には長良川や板取川の流域があり、紙づくりに必要な水と原料に恵まれた環境の中で、製紙が発展してきました。
美濃和紙には、職人が一枚ずつ漉く伝統的な手漉き紙と、近代以降発展した機械抄きによる和紙があります。伝統的な手漉きは楮が重要な原料ですが、現代の機械抄き製品や文具には、三椏、雁皮、パルプなどを用いるものもあります。
その中でも「本美濃紙」と呼ばれる和紙は、厳格な原料と伝統技法の要件を満たしてつくられる特定の手漉き和紙です。1969年に国の重要無形文化財に指定され、2014年には石州半紙、細川紙とともに「和紙:日本の手漉和紙技術」としてユネスコ無形文化遺産に登録されました。
現在は障子紙や表具用紙などに加え、便箋、一筆箋、ノート、ポチ袋、照明や工芸紙など、日常のさまざまな場面で使える道具がつくられています。
美濃で紙がつくられていたことを示す古い記録は、奈良時代までさかのぼります。大宝2年(702年)の戸籍文書には美濃でつくられた紙が使われており、正倉院に伝わる現存資料から、すでに当時この地域に製紙の技術があったことが分かります。
美濃で紙づくりが発展した背景には、長良川や板取川をはじめとする水と、山間部で得られる楮などの原料がありました。紙をつくる工程では、煮た楮から不純物を洗い流したり、水中で繊維を分散させたりするため多くの水を使います。さらに、長良川の水運を利用して紙を外へ運びやすかったことも産地の発展を支えました。
江戸時代になると、美濃の紙は「美濃障子」として広く知られるようになります。徳川幕府の御用紙にもなり、障子紙として全国へ流通しました。この時代に広まった「美濃判」と呼ばれる紙の寸法は、後の紙規格にも影響を与えたともいわれています。
明治以降、洋紙の普及や製紙機械の導入が進むと、美濃地域でも機械抄き和紙の技術が発達しました。これによって伝統的な手漉きだけではなく、障子紙、特殊紙、生活用品など用途の幅が広がっていきます。
一方で、伝統的な手漉き技術も継承されてきました。また、1988年には「美濃和紙」が経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されています。
現在の美濃地域では、こうした手漉きの技術と機械抄きの製紙技術が並存しています。

本美濃紙をはじめとする伝統的な手漉き美濃和紙は、「流し漉き」と呼ばれる方法で和紙がつくられます。漉き舟の中で楮の繊維を水に分散させ、簀桁を動かしながら紙の層をつくる方法です。
本美濃紙の流し漉きでは、最初に薄い層をつくる「うぶす」に続き、「きこうし」と呼ばれる動作で水を縦横に動かしながら繊維を絡ませていきます。楮には長い繊維があり、それらが縦横に重なり合うことで、薄手でも引っ張りや裂けに対して強い紙が生まれるのです。
伝統的な手漉き紙を光にかざすと、紙の内部に広がる繊維が透けて見えます。この繊維の間を通って拡散する光の広がり方が生活に適度な明るさをもたらすため、障子紙としても使われてきました。
ここでは、本美濃紙をはじめとする伝統的な手漉き和紙を中心に、楮が一枚の紙になるまでの流れを見ていきます。
1. 楮を蒸して皮をはぐ
原料となる楮を蒸し、枝から皮をはぎ取る。さらに外側の黒い皮を取り除き、紙の原料となる白皮を整える。紙に残る不純物を減らすため、原料の段階からていねいに選別することが、その後の紙質につながる。
2. 楮を煮て、繊維を取り出す
白皮をアルカリ性の液で煮てやわらかくし、繊維を取り出しやすい状態にする。その後、水で洗いながら傷や変色した部分、塵などを一つずつ取り除く。白い紙面をつくるうえで欠かせない工程。
3. 繊維を細かくほぐす
きれいになった楮を叩き、繊維を細かくほぐす。楮の長い繊維を生かしながら、紙を漉ける状態へ整えていく工程。ほぐした繊維は水の中へ入れ、均一に分散させる。
4. 「ねり」を加え、流し漉きで紙を漉く
水に分散させた楮の繊維に、トロロアオイから得られる「ねり」を加える。ねりには水の中で繊維が沈んだり固まったりするのを抑え、均一に分散させる役割がある。簀桁を使って原料液をすくい、前後左右に動かしながら紙の層をつくる。
本美濃紙では、「うぶす」「きこうし」と呼ばれる動きを組み合わせながら繊維を縦横に絡ませていく。薄さを保ちながら強度のある紙をつくるため、原料液の状態や繊維の重なりを見ながら動きを調整する工程。
5. 圧搾し、一枚ずつ乾燥させる
漉き上がった紙は一枚ずつ重ね、水分を絞る。その後、紙を一枚ずつはがし、板などに貼り付けて乾燥させる。
美濃和紙は、出来上がるまでの工程や素材などによって3つのタイプに分けられます。
本美濃紙
本美濃紙は、美濃和紙の中でも、定められた原料と伝統技法によってつくられる手漉き和紙です。原料には楮のみを使用し、伝統的な流し漉きによってつくられます。薄く、繊維が均一に絡み合う紙質を特徴とし、障子紙などに用いられてきました。
手漉きの美濃和紙
同じ手漉きの美濃和紙でも、原料や漉き方、厚み、用途は紙によって異なり、書画用紙、工芸用紙、生活用品などに使われます。
機械抄きの美濃和紙
機械抄きでは、用途に合わせて原料の配合や厚み、表面の状態などを調整し、一定の品質で紙を生産できます。
現在の美濃和紙には、一筆箋や便箋、ノート、ポチ袋など、日常で使えるものがあります。選ぶときに大切なのは、表面の質感やインクとの相性、使い方、好みによって適切なものを選ぶことです。