

それまで使っていたのは、短めの三徳包丁。長く使える質の高い包丁が欲しくて、堺孝行のVG10を芯材とする33層ダマスカスの牛刀を選んだ。刃面の槌目と層状に浮かぶ模様が特徴的な包丁だ。
ダマスカス包丁とは、異なる鋼材を幾層にも重ねた包丁を指す。今回選んだ牛刀は、33層ダマスカスの槌目仕上げ。刃面の独特な槌目模様と、33層にも重ねられた鋼材の波打つような美しい模様に惹かれた。
最初に使ったのは丸ごとのキャベツ。まず半分に切り、そのあと千切りにした。
これまでの三徳包丁では、キャベツを切る音は「ザクッ、ザクッ」という感じだった。この牛刀では「スッ、スッ」「ト、トト」。音がまったく違う。力を入れなくても、刃が吸い込まれるように入っていく。
切れ味は、単に「切れる」「切れない」という評価だけではない。音や手に込める力として現れるのだと、このとき初めて意識した。
これまで使ってきた包丁と、切れ味が明らかに違う。体重を乗せたり力を入れて強く押したりする必要はない。ただ手を上下に動かすだけで、抵抗なく、むしろ吸い込まれるように包丁の刃がスッと食材へと入っていく。
15世紀頃から、職人が一本ずつ手作りで仕上げる「堺打刃物」の産地として発展してきた大阪府の堺。鍛造、刃付け、柄付けをそれぞれの職人が担う分業が受け継がれ、その強度と切れ味は世界中の料理人から評価されている。1982年には、堺打刃物は経済産業大臣指定の伝統的工芸品となった。
こうした背景を持つ堺の地で1947年に創業した青木刃物製作所は、「堺孝行」をはじめとする刃物ブランドを展開している。和包丁、洋包丁、中華包丁、製菓包丁など、用途に応じた製品を扱い、国内外へ販売してきた。

堺孝行の牛刀を使い始めてから、肉や野菜を切るときには、この刃がどのように食材へ入るのかを確かめるようになった。
変わったのは、切るときの音や力だけではない。同じキャベツを以前使っていた包丁と堺孝行の牛刀で切り比べると、堺孝行の牛刀で切ったほうに甘みと旨みをより強く感じた。同じキャベツでも、使う包丁によって味の感じ方が違う。それは新たな発見だった。
切れ味が落ちてきたと感じたら、砥石で少し研ぐ。使ったあとはすぐに洗い、水分を拭き取って包丁置き場へ戻す。その手入れは、使い始める前に考えていたほど負担ではない。
そうして使い続けながら、次の食材ではどんな音がするのか、どれくらいの力で刃が入るのかを確かめる。
研いで、洗って、水分を拭き取り、また次の料理で使う。
食材へ刃を入れるたび、今もあの「スッ」という小気味良い音に耳を澄ませている。