

越前漆器は、福井県鯖江市の河和田地区を中心とした地域で長い歴史を刻んできました。食卓の汁椀、弁当箱、料理を運ぶ盆。日々の食事や特別な日に食卓を彩る重箱、仕事の場など、さまざまなシーンで使われる道具として重宝されています。もともとはトチやケヤキなどの天然木を木地に使い天然漆で仕上げる伝統的な方法で作られていましたが、現在は耐久性や量産性を考慮して現代素材を使った製品も作られています。
越前漆器を特徴づけるのが、木地・下地・塗り・加飾を専門職人が分担する生産体制。各工程の技術が独立して蓄積されてきたことで、伝統的な器だけでなく、異なる素材や用途を持つ製品にも対応できる産地へと発展してきました。
越前漆器の起源には、およそ1500年前にさかのぼる伝承が残されています。第26代継体天皇が即位前に越前に滞在していた際、塗師が壊れた冠を修理し、黒塗りの椀を献上したところ、天皇が漆器づくりを奨励したといわれています。
河和田周辺は山間部にあり、木地となる樹木や漆と関わる職人が身近に存在していました。農地が限られていたこともあり、漆器づくりが地域の生業として根づいていったとされています。
江戸時代には、越前の漆掻き職人が京都や会津など各地へ出稼ぎに出ていました。産地の外で技術や情報に触れ、それを持ち帰ることが、河和田のものづくりにも影響を与えたと考えられています。
明治時代になると、京都、輪島、会津などから蒔絵師や沈金師が招かれます。それまで中心だった無地の実用椀に加え、装飾を施した漆器も作られるようになり、産地の表現は広がっていきました。
大きな転換点となったのが、戦後の業務用漆器の発展です。昭和中期以降、樹脂成形や合成塗料などの技術を取り入れ、飲食店やホテルで繰り返し使うことを想定した製品の生産が拡大しました。越前は業務用漆器の主要産地の一つとして成長し、伝統的な木製漆器とは異なる素材や製法も産地の中に定着していきます。
1975年には、国の伝統的工芸品にも指定されました。越前漆器は分業による技術を基盤に、時代ごとに求められる用途へ対応してきた産地なのです。

越前漆器は、木地づくり、下地、塗り、加飾をそれぞれ専門の職人が担っています。
椀をろくろで挽く職人と、重箱や膳の板を組む職人では必要な技術が異なります。さらに、表面を整える下地、漆を重ねる塗り、蒔絵や沈金を施す加飾もそれぞれ別の専門分野です。
一人の職人がすべてを完成させるのではなく、工程ごとの専門技術をつなぐことが、越前漆器の生産を支えてきました。この構造は伝統的な漆器だけでなく、用途や仕様の異なる製品へ対応してきた背景の一つでもあります。
越前漆器の伝統的な仕上げの一つとして知られているのが、塗立(ぬりたて。花塗りとも呼ばれる)と呼ばれる技法です。
一般的な漆塗りでは上塗り後に表面を研磨して艶を整えますが、花塗りでは上塗りの後に研磨はせず、塗った漆が硬化した表面そのものを仕上がりとして見せます。黒や朱の塗面には漆そのものの自然な光沢が残り、光を受けた時の艶感が特徴です。塗師の均一な厚みに塗る刷毛使いや技術が非常に重要となる工程です。
伝統的な木製漆器では、器の形を作るところから表面を仕上げるまで、複数の専門技術がつながって一つの製品になります。
1. 木地をつくる
漆を塗る前の器の形となる「木地」を作る。
汁椀などの丸物は、木材をろくろで回しながら削って形を整える。重箱や膳などの角物は、板を加工して組み合わせる指物の技術が使われる。弁当箱などには、薄い板を曲げて形を作る曲物の技術が用いられることもある。
2. 下地を整える
木地の表面を整え、漆を塗るための土台を作る。伝統的な木製漆器では、生漆に地の粉や砥の粉を混ぜたものを塗り重ね、木地の細かな凹凸を埋めながら表面を平滑にしていく。下地の状態はその後の塗りの仕上がりにも関わる重要な工程。
3. 漆を塗る
下塗り、中塗り、上塗りへと漆を重ねる。
各工程では、漆を塗り、硬化させ、必要に応じて表面を整えながら次の層へ進む。漆は一般的な塗料のように単純に水分や溶剤が蒸発して乾くのではなく、温度や湿度の影響を受けながら硬化する。越前漆器で知られる花塗りでは上塗り後に研ぎ出しを行わないため、刷毛跡やほこりが目立たないよう、一度の上塗りで表面を整える技術が求められる。
4. 必要に応じて加飾する
無地の黒や朱を生かした器もあるが、製品によっては漆を塗ったあとに蒔絵や沈金などの装飾を施す。
蒔絵では、漆で文様を描き、乾かないうちに金銀粉などを蒔いて定着させる。沈金では、硬化した漆面に文様を彫り、その溝へ金箔や金粉を入れる。
越前漆器には表面の艶感を生かした無地の仕上がりのものと、加飾を施したものがあります。また、使う木材によっても持った時の温もりや重みが異なります。

