

洗い終えた碗を伏せて水を切ると、ふだんは隠れている底が上を向きます。器を支える輪の形をした部分をよく見ると、その底面だけ艶が途切れていることがあります。焼くときに窯の棚板へくっつかないよう釉薬を取り除いた跡です。
波佐見焼も、こうした完成品からは見えにくい工程を経て日々の食卓に届きます。いつもの器を裏返すという小さな動作から、その形を支えるものづくりが見えてきます。
波佐見焼は、九州の長崎県東彼杵郡波佐見町を中心に作られる陶磁器。碗や皿、カップといった日用食器を中心に磁器づくりが行われています。磁器とは原料となる岩石「陶石」を砕いて土に加工し、成形して焼き上げたもの。波佐見焼では、主な原料として天草陶石が使われています。
隣接する佐賀県の有田焼とは別の産地ですが、両者は現在の佐賀県と長崎県にあたる「肥前」の窯業として発展し、原料や技術に共通する背景を持っています。器の本体となる白い素地に青い模様を施した表現は、波佐見焼の代表的な特徴の一つ。現在は色や形、表面の仕上げも多様で、用途に合わせたさまざまな器が作られています。
陶器から磁器へ
波佐見でのやきものづくりは、16世紀末から17世紀初頭頃に始まったと考えられています。初期の窯では陶器が焼かれており、1610〜1620年代頃には磁器も作られるようになりました。
1630年代以降は、町内の三股で見つかった陶石を背景に磁器生産が進みます。なかでも青緑色の釉薬をまとった青磁が盛んに作られました。この時期には国内の富裕層に向けた器もつくられており、波佐見焼の歴史は庶民の日用品だけに限られるものではありませんでした。
17世紀中頃、中国では内乱の影響で海外への陶磁器輸出が停滞しました。そのため、海外市場では中国製に代わる日本の陶磁器が求められるようになります。波佐見でも主に東南アジア向けの器を大量生産するために窯が増設され、輸出向けの生産が拡大していきました。
日用食器を広く届ける産地へ
17世紀末頃、中国からの磁器輸出が再開すると、波佐見は国内向けの日用食器へと生産の重点を移していきます。18世紀以降には大きな窯で器を大量に焼き、磁器を幅広い使い手へ届けるようになりました。
この時代の器として知られるのが「くらわんか碗」。淀川の船客に食べ物や酒を売る際の器として使われ、その呼び声に由来する名で知られるようになりました。波佐見は庶民向けの碗の一大産地となったのです。江戸時代の末から大正期にかけては、醤油や酒を海外へ運ぶ容器「コンプラ瓶」も作られるようになりました。
技術を変えながら続くものづくり
明治以降、藩による支援がなくなると、産地は新しい装飾や成形の技術を取り入れながら生産を続けました。大正末期には石膏型や鋳込み、機械ろくろなどが導入され、量産の仕組みが整えられていきます。戦後は日用食器の需要が高まり、窯の燃料も重油からガスへと変わりました。1978年には、国の伝統的工芸品に指定されています。
現在は、長く作られてきたデザインの継続と、新しい素材や形への展開が並行して取り組まれています。白山陶器は、1976年に生まれた「マルティブルー」の製造工程を2026年に公開しました。一方、HASAMI PORCELAINの「THE GREY COLLECTION」では、素地や釉薬、形を見直した器が作られています。
使い手や用途に応じて、作るものと作り方を変えてきた歩みがあるのです。

専門の仕事が一つの器につながる
波佐見焼の特徴の一つが産地の分業体制です。器の形を再現する型を作る人、その型から生地を作る人、装飾や焼成を担う人、完成品を届ける人。それぞれの仕事がつながり、一つの器が作られます。
型や機械を使う工程にも、人の判断が関わります。白山陶器の「マルティブルー」では、天候による乾燥状態の違いを見極めながら成形し、削る道具の角度や力加減を調整して、器の丸みを仕上げています。同じ形を作り続けるためにも、材料の状態に合わせた調整が必要です。
模様の描き方が表情をつくる
白地に青い模様を施す染付は、波佐見焼を代表する装飾の一つです。コバルト系の青い彩料・呉須で模様を付け、その上に釉薬を掛けて焼きます。
模様を付ける方法には筆による手描きのほか、印刷などもあります。白山陶器の平茶わんには、同じ柄でも線の太さや発色が一つずつ異なる手描きの製品があります。
波佐見焼は、型をつくる「型屋」、器の形をつくる「生地屋」、装飾や焼成を担う「窯元」、流通を担う「商社」などの仕事を通して作られます。工程を別の事業者が分担する場合も、一つの工場で複数の工程を行う場合もあります。ここでは、磁器の器ができるまでの代表的な流れを紹介します。
1. 陶石を土にする
原料となる陶石を砕き、粒子を整え鉄分を取り除く。さらに水分を調整し、成形に適した土に加工する。硬い岩石を器の形にできる材料へと変える製土工場の仕事。材料の配合や調整は製品や成形方法によって異なる。
2. 型をつくり、成形する
器の設計をもとに石膏型をつくり、その型を使って土に形を与える。碗や皿には機械ろくろを使う方法があり、内部に空間のある器などには液状の土を型へ流し込む「鋳込み」が用いられる。
形を整える仕上げにも人の手が関わる。白山陶器のマルティブルーでは、成形後の生地にカンナを当て、角度や力を調整して丸みを仕上げている。
3. 乾燥させ、素焼きする
成形した生地を乾燥させる。乾き方が不均一だと部分ごとの縮み方に差が生じ、変形や割れにつながる。器の厚さや乾燥状態に応じた調整が必要な段階。
十分に乾燥した生地は、約900℃を目安に素焼きする。生地に強度を持たせ、次の絵付けや釉薬掛けを行いやすくする。素焼きの条件も絵具や釉薬の付き方に関わる。
4. 装飾し、釉薬を掛ける
下絵付けをする器には、素焼きした生地に筆や印刷などで模様を付ける。その後、焼成によって表面にガラス質の層をつくる「釉薬」を掛ける。
器の底にある脚状の部分を「高台」という。一般的な磁器の工程では、焼成中に釉薬が溶け窯の棚板へ器が付着するのを防ぐため、高台の底面から釉薬を取り除く。
5. 本焼成し、冷却する
約1300℃を目安とする高温で素地と釉薬を焼き固める。器の形、表面、強度を決める重要な工程。焼成の条件や時間は、材料や製品、窯によって異なる。焼き上がった器は十分に冷ましてから窯から出す。急な冷却は不具合につながるため、冷ます段階まで管理が続く。
6. 仕上げ・検品する
上絵付けをする製品は、本焼成後の釉薬の上に装飾を施し再び焼成する。すべての器に必要な工程ではない。完成した器は、必要な仕上げと検品を経て出荷される。
波佐見焼に見られる表現や装飾の例として、白磁、染付、上絵付けがあります。
白磁
白い磁器の素地を生かした表現です。碗や皿、茶器など、さまざまな形の器に見られます。白山陶器の「白磁千段」のように、細かな彫りを施した製品もあります。
染付と上絵付け
染付は、釉薬の下に青い模様を施す技法。一方、上絵付けは本焼成を終えた器の釉薬の上に装飾を施し、もう一度焼きます。金や銀を使う装飾も上絵付けに含まれます。模様が付く位置や材料が異なるため、使用条件にも違いが出る場合があります。
普段飲むコーヒーの量、よく作る料理、食器棚の空いている場所。いつもの生活を思い浮かべると、器に求める形や大きさが見えてきます。