

乳白色の釉薬に細かな凹凸がある器。深い緑色の釉薬に包まれた湯呑み。色も表面も形も異なりますが、どちらも美濃焼です。
岐阜県東濃地方で作られる美濃焼には、一目でそれと分かる共通の形や模様があるわけではありません。志野の白、織部の緑、黄瀬戸の黄色、瀬戸黒の深い黒。異なる表情の器が、一つの産地の中で育まれてきました。
美濃焼には陶器と磁器の両方があり、両者の中間的な性質を持つ半磁器も作られています。皿、鉢、湯呑み、マグカップなど作られる器も幅広く、茶の湯のために生まれた歴史的な作品から現代の日常食器までを含みます。
原料や成形方法、釉薬、焼成方法も製品や技法によって異なります。1978年には経済産業大臣指定の伝統的工芸品となり、その存在は広く知られるようになりました。指定されている技法は15種類にも及びます。
同じ美濃焼でありながら、なぜこれほど違うのでしょうか。その背景を知ると、日々使っている皿やカップにも、産地の歴史や技法の違いが見えてきます。
美濃焼のルーツは、5世紀から7世紀頃に作られた須恵器にまでさかのぼるとされています。東濃地方には、現在の愛知県周辺で発展した猿投窯の系譜を引く窯業技術が伝わったと考えられています。
産地の歴史における大きな転換点は、16世紀後半から桃山時代にかけて訪れました。茶の湯文化が広がるなかで、志野、織部、黄瀬戸、瀬戸黒といった、それまでとは異なる釉薬や造形を持つ茶陶が作られるようになります。
この時期に、瀬戸(現在の愛知県付近)の陶工が美濃へ移ったとされています。移住の理由については戦乱を避けるためだったという説と、織田信長の政策によるものだったという説があり、明確には分かっていません。ただし、瀬戸と美濃の間で人や技術が行き来し、両産地が深く結びついて発展したことは、美濃焼の成り立ちを理解するうえで重要です。
当時、美濃で作られた器が「美濃焼」と呼ばれていたわけではありません。「美濃焼」という名称が文献に現れるのは、1832年頃が最古とされています。明治時代より前には、美濃で作られた陶磁器も尾張藩の統制下で瀬戸焼として流通しており、桃山時代の志野や瀬戸黒も長く瀬戸の作品と考えられていました。
その認識を変えたのが、陶芸家・荒川豊蔵による1930年の発掘です。荒川は現在の可児市にある大萱牟田洞窯跡を調査し、桃山時代の志野や瀬戸黒が美濃で焼かれていたことを明らかにしました。この発見によって、名品として知られていた茶陶の産地に対する理解が修正され、美濃の窯業史が改めて注目されるようになります。
明治以降、美濃の陶磁器は独自の産地名と流通網を形成し、茶陶だけでなく、日常食器やタイルなど幅広い製品を生産する地域へ発展しました。現在の美濃焼には、伝統的な様式を受け継ぐ手仕事と、日常の需要を支える量産の技術が共存しています。異なる作り方や用途を受け入れてきた歴史が、今日の多様な産地構造にもつながっています。

美濃焼の特徴は産地全体に共通する一つの色や形ではなく、複数の素材、釉薬、技法が存在していることです。器を見るときには美濃焼らしい共通の意匠を探すよりも、素地や釉薬、表面、形の違いに注目すると、それぞれの様式が持つ特徴を理解しやすくなります。
素材は陶器、磁器、半磁器がそれぞれ作られており、器の重さや厚み、吸水性、光の通し方は一様ではありません。陶器質の器には土の風合いや柔らかな質感を感じられるものがある一方、磁器質の器には硬質で滑らかな表面を持つものがあります。同じ産地のカップや皿でも、素材や作りによって持ったときの重さや口縁の厚み、手触りはさまざまです。
また、仕上げ方も、染付や赤絵、青磁、粉引など、さまざまな様式が取り入れられています。美濃焼を見る際には一つの定型を探すのではなく、異なる様式が同じ産地でどのように共存しているかを見ることが、その特徴を知る手がかりになります。
美濃焼には、すべての作品に共通する一つの製法があるわけではありません。手仕事による制作から量産品まで幅広く作られており、技法や製品によって工程は異なります。ここでは、多くの陶磁器づくりに共通する基本的な流れを紹介します。
1. 原料を選定する
陶土や磁器土など、作る器に合わせた原料を選ぶ。美濃では陶器・磁器・半磁器が作られるため、使用する原料も製品によって異なる。
2. 成形する
ろくろ、型、鋳込みなど、器の形に応じた方法で成形する。手仕事による制作だけでなく、日常食器の生産では機械成形や鋳込みなどの技術も広く用いられる。
3. 乾燥・素焼き
成形した器を十分に乾燥させた後、素焼きを行う。これにより器に強度が生まれ、釉薬や絵付けの工程へ進める状態になる。
4. 釉薬・装飾を施す
用途や様式に応じて釉薬や装飾を施す。志野、織部、黄瀬戸などは釉薬によってそれぞれ異なる表情が生み出される。現代の日常食器では、染付や赤絵、印刷技術などが用いられることもある。
5. 本焼き
高温で本焼きを行う。焼成温度や窯の状態、釉薬の組み合わせによって、器の色や質感、表面の表情は変化する。
美濃焼には多くの技法や様式がありますが、その中でも代表的なものとして知られるのが、志野、織部、黄瀬戸、瀬戸黒です。
志野は、長石を主原料とする乳白色の釉薬を用います。釉薬の表面には細かなひび割れ模様である「貫入」や、柚子の皮のような凹凸を見せる「柚肌」が現れることがあります。焼成によって素地の鉄分が赤みを帯びる火色も、志野に見られる表情の一つです。
織部は、銅を含む釉薬による緑色がよく知られています。器の一部または全体を緑釉で覆うもののほか、絵付けや異なる色の素地を組み合わせるものもあります。左右対称に整えず、意図的に歪ませた沓形などの造形も、織部に見られる特徴です。
黄瀬戸は黄色みを帯びた灰釉を使い、銅由来の緑の斑点や鉄彩による焦げ茶色の装飾が加えられることがあります。また、瀬戸黒は鉄釉をかけた器を焼成中の窯から引き出し、急速に冷やすことで深い黒色を生み出します。



美濃焼には決まった一つの表情がありません。
だからこそ、朝のコーヒーから夕食の食卓まで、それぞれの暮らしに合わせた器を選ぶことができます。同じ産地で作られた器でも、色や形、質感の違いによって異なる時間や料理に自然となじみます。