

棚に並ぶ金属の器。光をはっきり反射するものや、落ち着いた黒や茶の色をたたえたものなど、同じ金属でも色合いや光の反射具合はさまざまです。
富山県高岡市で作られる高岡銅器は、鋳造や彫金、研磨、着色といった工程を重ねてつくられる金工品です。
「銅器」という名称ですが、すべてが純銅で作られているわけではありません。銅に錫を加えた青銅、銅に亜鉛を加えた真鍮など、銅を主成分とする合金も広く使われています。仏具や銅像のイメージが強い一方で、現在では食器や風鈴、おりん、花器など、住まいの中で使われる道具にもその技術が生かされています。
高岡銅器の背景にある高岡の鋳物産業は、1611年に始まります。
加賀藩主・前田利長が高岡城下の産業を育てるため、砺波郡西部金屋から7人の鋳物師を招き、現在の金屋町に鋳物場を開設しました。ただし、当初から銅器を作っていたわけではありません。初期の中心は、鍋や釜、農具などの鉄鋳物でした。
高岡で銅や真鍮を使った製品が広がるのは、江戸時代中期(1700年前後)以降です。仏具、花器、茶道具などへ製品の幅が広がり、鋳造だけでなく、彫金や研磨、着色といった仕上げの技術も発達していきました。
明治時代になると、高岡の銅器は美術工芸品として海外へも紹介されます。1873年のウィーン万国博覧会や、その後のパリ万国博覧会などに大型の花器や置物が出品され、鋳造や彫金の技術が海外でも評価されました。国内の日用品や仏具を作る産地から、輸出工芸を担う産地へと役割が広がったのです。
太平洋戦争中は金属類の回収や材料統制によって生産が大きく制限されましたが、戦後は仏具や神具などの需要とともに産地が再建されました。1975年には「高岡銅器」として伝統的工芸品に指定されています。
現在では、長く培われてきた鋳造技術を基盤に、花器や生活小物、音具、照明など、現代の住空間で使われる製品も作られています。

高岡銅器は、溶かした金属を型に流し込んで形をつくる鋳造を基本の成形技法としています。鋳造した金属の表面には、型の質感を残した「鋳肌」が見られることがあります。細かな凹凸によって光が拡散し、研磨された面とは異なる落ち着いた表情が見られます。
高岡銅器を特徴づけるもう一つの技術が、伝統着色です。これは単に塗料を表面へ塗るのではなく、金属の表面を薬液や熱などで反応させ、酸化皮膜をつくることで色を生み出す方法です。技法によっては、漆、おはぐろ、酢、米ぬかなどが使われます。
代表的な表現には、紫がかった斑模様を見せる斑紫銅色や、茶褐色から黒褐色の色合いを生む煮色、青緑色の表面をつくる緑青発色などがあります。
銅や真鍮は、空気、水分、皮脂などに触れることで、時間とともに色や艶が変化することがあります。ただし、変化の現れ方は素材や表面仕上げ、コーティング、使用環境によって異なります。製品によっては、こうした変化も金属ならではの表情として楽しむことができます。
高岡銅器は、原型づくりから鋳造、彫金、研磨、着色まで、複数の専門工程を経て形になります。
1. 原型をつくる
完成する製品のもとになる原型をつくる。木、石膏、蝋など、製品や鋳造方法に応じた材料が使われる。金属は鋳造後に冷えて固まる際に収縮するため、原型はその変化を見込んで設計される。
2. 型をつくり、金属を鋳込む
原型をもとに型をつくり、溶かした銅合金を流し込む。高岡では湿らせた砂を使う生型鋳造や、蝋で作った原型を利用する蝋型鋳造など、製品の形や細かさに応じて異なる方法が使われている。
3. 彫金・仕上げを行う
型から取り出した後、鋳造時に生じた余分な部分を削り、表面を整える。製品によっては、たがねと槌を使って模様や線を刻む彫金が加わる。
4. 研磨する
表面を砥石や研磨材で磨き、製品に合わせた質感へ仕上げる。鋳肌を残すものもあれば、光沢を出すもの、一定方向の筋を残すものもある。
5. 伝統着色を施す
製品によって伝統着色を行う。高岡の着色は表面へ単純に色を塗るのではなく、薬液、熱、漆などを用いて金属表面を反応させ、色を引き出す方法が中心。
高岡銅器には、素材、鋳造技法、表面仕上げなど、いくつかの違いがあります。ここでは特に重要な「鋳造技法」を見ていきます。
生型鋳造
湿らせた砂を固めて型をつくり、そこへ金属を流し込む鋳造方法です。比較的大きな花器や生活用品などにも用いられています。製品によっては、型の砂に由来する細かな表面の質感が残ります。
蝋型鋳造
蝋で原型をつくり、その周囲を型材で覆った後、蝋を溶かし出してできた空洞へ金属を流し込む方法です。複雑な曲面や細かな造形を表現しやすく、美術工芸品や精密な置物などに用いられます。
高岡銅器は仏具や美術工芸品だけでなく、花を生ける、鍵や小物を置く、音を鳴らすといった日常の動作の中でも、その素材や表面の違いを感じることができます。