

緩やかな曲線を描いたお椀の表面には、繊細でいてどこか温かな木目が広がっている。
これほど美しい木目模様があるだろうか。材木の切り抜き位置、仕上がりに対する木目の位置、曲線の入り方。すべてが最初から緻密な計算と設計のもとつくられたのではないかと思わせるほど、一つひとつの木目の線や曲がり方、角度がもっとも美しいカタチで仕上げられている。
それが、我戸幹男商店が手がける山中漆器のお椀だ。
我戸幹男商店を知ったのは、雑誌の特集で石川県の山中温泉を取材していたときだった。温泉街にある店舗に入ると、大小さまざまな山中漆器の食器がずらりと並んでいた。木目をそのまま生かした山中漆器のデザインがとても美しく、ひと目見て惹かれた。
漆器といえば赤や黒の漆で塗られたお椀やお重のイメージが強いが、我戸幹男商店に並ぶ漆器はすべて、木目そのものを模様として生かしたデザインの食器だ。木材という素材自体の質感や風合いを大切に思う心意気が感じられた。
そのなかから、丸みのあるフォルムの椀を2脚選んだ。一つは木材そのものの色合いを生かした拭き漆、もう一つは赤いウレタン塗装のもの。
椀を手に取るととても軽く、木ならではの温かみが感じられた。表面に指を這わせ、木目の凹凸を指先でなぞる。拭き漆の椀は光沢がありつるりとしているが、赤いウレタン塗装で仕上げられた椀は表面がマットで、触り心地がさらさらとしている。内側に顔を近づけると、ほのかに木の香りがした。
この椀を使うたび、まずは両手で包み、木の質感や温もりを確かめる。椀を傾けるたびに、内側の模様が少しずつ顔をのぞかせる。食事の楽しみに、木目を眺めるひとときが加わった。
朝でも夜でも、スープや味噌汁を作った日はこの椀を使う。

我戸幹男商店は明治41年(1908年)、石川県加賀市の山中温泉で我戸木工所として創業した。山中は「木地の山中」と称されるように、木工ろくろによる挽物木地の高い技術で知られている。
木地師がていねいに挽き上げる木地の精巧な仕上がりと、天然の木材が生み出す美しい木目を重んじ、我戸幹男商店では木目を見せる漆器づくりが行われてきた。素材の見た目と質感を大切にしているからこそ、完成品には高い技術が求められる。
我戸幹男商店が手がけるのは、伝統的な椀や器だけではない。盃や茶道具などの和食器から、プレートやサラダボウル、カップ、ワインやカクテルグラスなどの洋食器まで、あらゆる食器を生み出している。日本の伝統的な形を重んじたフォルムのものもあれば、無駄を一切省いたシンプルな直線系のフォルムのものもある。
伝統とモダン、どちらの視点も大切にし、場面場面でその場に溶け込めるような食器をつくり続けている。
私が選んだ椀は、「仙才」と呼ばれるフォルムの椀。丸みを帯びた形は、多くの用途に使えることから仙人のような才能にちなんで付けられた呼び名だそうで、日本の伝統的な汁椀の形状の一つだ。

木が持つ独特の性質は、食卓を温かみのある空間へと導いてくれる。それは、土や石でできた陶磁器とはまた違った温かさだ。
手に取ったときのやさしさ、視覚による温もり、香りによる温もり。そんな木の素材感がつくり出す食卓の空間は、自然と心にも余白と温かさをもたらしてくれる。こんな空間を求めていたのだと実感する。
食事のときに、漆器をいつもより少しだけ長く眺めてみる。スープや味噌汁を飲むときは、器の内側に隠れた木目にも気を配ってみる。飲み進めるうちに少しずつ顔をのぞかせる木目に、少し目を向けてみるだけでいい。
漆器を眺めることが、食事の楽しみの一つになる。