

朝、コーヒー豆を挽く。部屋中にふわりと香りが漂う。
今日はどのマグカップを使おうかと棚に並んだカップを吟味する。手に取ったのは、お気に入りの一つ。細かいひびが全体に這うように広がる美濃焼のカップだ。ひとしきり模様を見てから、コーヒーを注ぐ。
以前、岐阜県土岐市を訪れた際に、陶器市でこのマグカップを見つけた。表面に入った緻密なひび模様が美しく、一目で気に入った。「かいらぎ」という表現があることを知ったのも、この時だった。
カップの表面をひと通り眺める。白にクリーム色を帯びた釉薬には、微細なものから大きめのものまで、大小さまざまなひび模様がまだらに広がっている。少し厚みのあるカップを両手で包むと、土の温もりを感じた。
一口、また一口とコーヒーをすするたびに、カップを少し回してみる。角度が変わると、さっきまで見ていた面とは違う表情が現れる。どこから見ても模様は繊細で、どこか儚げだ。そうやって模様を目で追っているうちに、気づくと心が落ち着いてくる。
この不規則に広がる模様を眺めるひとときが、私のお気に入りの時間となった。
岐阜県土岐市で美濃焼を手がける兵山窯。粉引とかいらぎは、この窯で作られる代表的な表現だ。
かいらぎとは、器を焼くときに生じる釉薬の縮れが、表面に独特の模様となって残るものを指す。その名は、刀剣の柄や鞘の装飾に使われたエイやサメの皮に表面の質感が似ていることに由来し、「梅花皮」とも書く。
兵山窯では、乾燥させた器にかいらぎを施して素焼きし、一度サビに付けてから洗い流す。そうすることで、細かな網目にサビが残るのだという。
錆かいらぎの器の表面をよく見ると、錆による茶色の斑点のような模様があるのがわかる。釉薬や錆呉須のかかり方、火の当たり方、冷えていく過程の温度変化によってひびの仕上がりは変わるので、一つとして同じ模様はない。

陶器市で購入したコーヒーカップのひびの大きさや密度は、場所によって見え方が異なる。毎日手に取っていても、視線が同じところだけに止まることはない。
コーヒーを注ぐ前に見て、飲みながらまた見る。今では、それが朝の日課になっている。
錆かいらぎのカップを使うようになって、朝のコーヒーはさらに穏やかな時間になった。使うカップや器の表情一つで、料理を盛る器を選ぶ時間もわくわくしたものになる。
飲み物を注ぐ前、普段使っているカップを一度だけ眺めてみる。線や色、形のなかに、これまで見えていなかった何かがあるかもしれない。
明日の朝も、コーヒーを注ぐ前に、あの模様を見る。