

最近、毎週のように蒸し料理をつくっている。
具材は冷蔵庫にあるものを使う。残りものの野菜や肉、魚介、卵、豆腐……なんでもいい。その日あるものや食べたいものを詰め込んで蒸すだけ。蒸し時間は、食材によって5〜10分程度。あとはソースを用意すれば、蒸し料理ができあがる。
使うのは、杉材のせいろ。水で湿らせたせいろに蒸し布を敷き、食材を詰めて蓋をする。沸騰した鍋の上にせいろを載せて少し待つと、せいろの隙間から蒸気が上がり始める。
湿ったせいろからは、乾いていた時よりも一層強くなった杉の香りが部屋中に広がる。目を閉じれば、まるで自分が森の中に迷い込んでしまったかのように、木の香りに包まれていることに気づく。
目を開けて、せいろから溢れ出す蒸気を眺める。勢いよく出てきた蒸気はふわりと身軽に上方へと舞い上がり、そして、すうっと空気に溶けるように跡形もなく消えていく。
私は、この蒸気を見つめている時間が好きだ。はっきりと意思を持ったように現れては儚げに消えていく蒸気を見ながら、何を考えるでもなく、ただじっと蒸し上がるのを待つ。そのなんでもない時間に、小さな幸せを感じる。蒸し時間が、いつしか私のお気に入りの時間になった。
使っているのは、大館曲げわっぱのせいろ。
まず目に入るのは、真っ直ぐに伸びる美しい柾目だ。手を添えると、白木の木肌から温もりが伝わってくる。曲げわっぱに使われる杉材は、樹齢200〜300年のものだという。秋田の厳しい冬を越えて育つ杉は、年輪が引き締まり木目が細かく育つ。目が細かいと伸縮が少なく、耐久性の高い素材として重宝されるのだそうだ。
曲げわっぱの周囲には、いつもさわやかな杉の香りがふわりと漂う。収納棚から取り出すとき、持ち運ぶとき、蓋を開けるとき。一つひとつの動作に伴って杉の香りが辺りに広がり、せいろから上がる蒸気にも、その香りを感じる。その香りに包まれて、私の心も穏やかになる。

秋田県大館市の曲げわっぱには、400年もの長い歴史がある。
杉の生木を薄く削いだ板を熱湯で柔らかくして曲げ、山桜の皮で縫い留めてつくられる。かつては武士の内職として、弁当箱づくりが発展していたそうだ。その技術は連綿と受け継がれ、現在も大館には曲げわっぱの工房が点在している。
栗久は、そんな曲げわっぱの工房の一つだ。
弁当箱やおひつなどの伝統的な道具だけでなく、パン皿やサラダボウル、ワインクーラー、ビアカップなど、日常で使いやすい曲げわっぱづくりに取り組んでいる。弁当箱で親しんできた木目や曲線が、せいろや皿など、ひと回り大きな器の上で違う表情を見せてくれる。
伝統技法を受け継ぎながら、使う人たちに喜ばれるものをつくる。栗久の店頭には、弁当箱やおひつと並んでモダンな形の曲げわっぱがいくつも見られた。

せいろで作る蒸し料理は、ほとんど手間がかからない。冷蔵庫にあるものから献立を考え、すべての具材を一度にせいろへ入れて蒸すだけで一品ができあがる。
素材そのものの味わいを生かして味付けは控えめにする。シンプルに塩、醤油、ポン酢でさっぱりと仕上げることもできるし、洋風、和風、中華風のディップソースを作って添えてもいい。
ただ蒸しただけの食材にこんなにも旨みがあるのだと、曲げわっぱのせいろで蒸し料理をするようになって実感した。素材本来の味が凝縮された食材に、ふんわりと杉の香りが寄り添う。自然のままの味わいと香りに集中することで、自分の味覚と嗅覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。
以前は自宅でほとんど作ることのなかった蒸し料理が、今では週に1回、多いときには週に3、4回ほどの献立になった。
冷蔵庫にある食材を見て、今日は何を組み合わせようか、どんなソースで食べようか。その選択が、日常の一部になっている。